アメリカ臨床研修入門


ABA Oral Board Examination 1999
Kenichi Tanaka,M.D.

 1.ABA Oral Board Exam  



1. ABA Oral Board Exam 1999

米国麻酔医認定試験・口頭試問
American Board of Anesthesiologists(ABA)
Oral Board Exam

1999年4月19日、フィラデルフィア・マリオットホテル
午前5時30半、起床した私は、シャワーを浴びて目を覚ますと、前夜に仕入れ
たバナナと水で朝食を済ませました。血中Norepinephrineレベルは、最高値
に達しています。

午前7時40分、20階の一室には、30名余の紳士淑女が緊張した面もちで、
試験前の説明に耳を傾けています。オリエンテーションをする試験官の先生
は、緊張をほぐそうとユーモアを交えて試験方法の概要を解説しています。
それぞれ指定された試験官の待つ部屋に移動する前に、桃色のシート(pink
sheet)に印刷された第一問の症例が与えられます。これは、Long Caseと呼ば
れるもので、患者の既往歴・術前ワークアップ・データがすべて提示される
のを基にして、麻酔方法・術中管理について、質問されます。

運良く自分(心臓麻酔フェロー)の得意分野の問題 AAA Repairであります。
指定された部屋の前の椅子に腰掛けて、pink sheetに書き込んだメモを確認
するうちに、試験官の一人が扉を開けて、中に入るよう促します。
Senior ExaminerとJunior Examinerが机の向こうにおり、受験者は、手前の
椅子に座ります(室内には、通常、二人の試験官がおりますが、時に、試験を
見学するResidency Program Directorなどがいます;この第三者は、試験には
関与しません)。
簡単な自己紹介の後に、受験者の持っている問題文をSenior Examinerが確認し、
早速質問に入ります。

質疑応答は、兎に角、早いです!二年前にこの試験をパスされた富江先生が、
ローラーコースターに乗っているようと、形容されたのを思い出します。
pink sheetのメモをみる暇もありません。
Could you repeat the question?や、I don't know the answerは数回使った
ような気がします。
Stem Questionというメインの質問が終わっても、息はつけません。なぜなら、
最後の10分は、Senior Examinerが、pink sheetに印刷されていない、短い症例
(Grab and Go Questions)について鋭く質問してくるからです。
35分は本当に一瞬のようでした。

最初の部屋から出ると、早速隣の部屋のドアの前に張り付けてある第二問(blue
sheet)に取りかからなくてはいけません。これは、第一問に比べて短い文章です。
術前ケアついて、主に質問がくるため、どのように患者を手術に備えてワーク
アップするかは、受験者次第であるからです。ふと、先ほどの部屋にボールペンを
置き忘れてきたことに気付きました。他の受験生達は、すでに熱心に書き込みを
しています。ABAの係員は、見あたりません。どうしよう、どうしようと3分位
悩んだ末に、最初の部屋をノックして、ボールペンを置き忘れたので返してください、
と頼みました。
この時点で、かなり心理的に動揺していました。10分もしないうちに、試験室に入り、
第一問とは別の、Senior ExaminerとJunior Examinerに対峙します。

先程の動揺から少し立ち直ったところで、試問が始まります。
問題文中の患者は、TSHが低かったので、Hyperthyroidismについて話始めると、
試験官が突然、Hyperthyroid or hypothyroid?と聞き返してきました。
単に、自分の発音が悪かったのか、それとも何か言い忘れたのでヒントをくれて
いるのか、試験官は顔色一つ変えずに質問してくるので、質問の意図はわかり
ません。あれ、まずかったかな、と思っているうちに、次の質問に移ってしまいます。
動揺すると、質問が聞き取れず、Could you repeat the question?を
使わざるを得ず、しだいに悪循環におちいることになります。
最後の10分間のGrab and Go Questionsでは、(心臓麻酔フェローが苦手と
する)小児術後のペイン管理や産科麻酔の質問が来てしまい、運が悪いな、
と思いつつ、I don't know the answerをまたもや数回使ってしまいました。
第一問めの35分間で、ATPを消耗した脳細胞には、もはやウィットに富んだ、
素晴らしい回答をする余裕はなかったのです。

午前10時40分
試験終了は、係員がスプーンでドアを叩く音で知らされます。第一問は、
まあまあだったが、第二問は、最低スコアだろうと思いました。

「ああ、失敗した。あそこは、もっとうまく答えられたのに。」「また、
毎日勉強しなければならないな。来年の試験はどこであるのだろう。」
などと、非常に憂鬱な気分になりました。
帰りの飛行機の予約は、夕方に取ってあったのですが、失望感で一杯で、
フィラデルフィア観光する気にもならず、空港に直行すると、スタンバイ
でとっととアトランタに戻りました。
空港で、これからフィラデルフィアに向かう同僚とすれ違い、幸運を祈りました。

試験結果は、全試験終了から一週間後に発送されるということだったので、
その間の約二週間は、何事も手につかない感じでした。学会予定表など見て、
来年春の試験がフロリダ・フォートローダーデールであることを確認しました。

1999年5月5日
私は、二人の子供とあそんでおりました。郵便を取りに行った妻が、廊下を叫び
ながら戻って来ました -You passed, you passed!
 
試験準備は、自分一人、苦労すればよいというものではありません。それは
家族にとっても、精神的・経済的に大きなストレスとなります。合格して一番
うれしかったのは、家族に迷惑・心配をかけずに済むということでした。

現在、アメリカで麻酔医師として活動するためには、ABAが必須となっています。
過去には、試験後、失敗を信じ込んで自殺した医師(実際には合格していた)も
いるということですので、その影響の大きさは、軽くみることができません。
私の上司のProf. Jerrold H. Levyは試験直後、私が今回は通らないかもしれない、
と話すと、こう言いました。
Good. You are in the states. You don't have to go under the sword.
(ここはアメリカ。ハラキリはいりません。)

麻酔の知識のテストは、written examに合格した時点で確認されている訳です
から、oral examの目的は、麻酔科医師として必要な、紙の試験で評価できない
危機管理・状況処理能力を試すものであるということです。すばやく論理的に
麻酔コンサルトとしての意見を伝えられるか、が合否の鍵であるでしょう。
一回で通らなくとも、再挑戦する意志があれは、ABA規定の3回以内で合格する
率は90%であるということです。
準備は早ければ早いほどよいでしょう。レジデンシー・プログラムには、通常
Board Examinerが一人か二人はいるはずです。その人に、練習 Mock Oral Exam
を何度か頼むとよいでしょう。幸運にも私がフェローシップをするエモリーには
5名もの試験官がおり、訓練を積むことができました。
一般の商業Mock Oral Courseの利用についてですが、私は参加しませんでしたので、
あまり詳しくはわかりません。上記のようなBoard Examinerが身近にいない場合には、
利用するとよいでしょう。

試験を終えて思ったのは、実際の臨床麻酔トレーニングは、すべて口頭試問の
準備になりうるということです。日々、外科医師の言いなりの業務をしていれば、
口頭試問でも試験官の思い通りに誘導されて、コンサルトとしては認めてもらえ
ないでしょう。ストレス下では、本当に血となり肉となった知識しか、役に立ち
ません。日頃から、指導医、同僚、Junior Resident、またはAnesthetistを
相手に麻酔知識・コミュニケーションを研鑽していくのが大切です。富江先生が
勧められるように、「発音」「バプリックスピ―キング」のコースなどは非常に
役に立つと思います。これらは、ストレスのもとで、明確に英語を話すことを
比較的容易にしてくれるからです。

さて、以上、ハラキリを免れた私の経験を書きましたが、これからアメリカで
臨床研修を志す若き先生方の参考になれば幸いです。

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