アメリカ臨床研修入門 

ベスイスラエル病院での臨床疫学の実践

Evidence-Based Medicine
Hiroshi Noto, M.D. Tokyo University
Board Certified Internist


Evidence-Based Medicineの実践報告

 臨床試験・研究は,診断,治療,予後,因果(相関),コスト分析,
決定分析,ガイドラインのカテゴリーに分けられ,それぞれのカテゴリー
に応じて質問提示,文献検索,文献批評,適用の手順を踏みます(表参照)。
ベスイスラエル病院では毎週レジデントによるevidence-based medicine
カンファレンスを開いています。前もってレジデントが,自分たちが受け
持った実際の症例から質問を作り,チーフレジデントがその中からディス
カッションに適当なものを選抜します。質問作成にあたってはカテゴリー
ごとにその焦点を明確にしなければなりません。実際にあがった質問
の例を示します(太字が焦点です)。

●診断  

HIV陽性の50歳男性が発熱と咳を主訴に受診。胸部X線で空洞
形成を認める。喀痰抗酸菌検査の感度と特異度は?

●治療

A)40歳女性が上気道感染症で受診。患者は薬剤服用を望まない。
亜鉛剤による上気道感染症治療の効果安全性は?

B)心不全を持つ74歳男性。アミオダロン投与による死亡率
絶対危険度減少相対危険度減少はどのくらいか?

●因果/相関

A)皮膚筋炎と診断された35歳男性。悪性腫瘍の合併の相対危険度
はどのくらいか?

B)腎機能障害を持つ78歳男性。頭部CT撮影を必要とするが腎機能
悪化の危険度を低下させる造影剤の種類はあるか?

●ガイドライン
 上記の皮膚筋炎の男性に必要な悪性腫瘍スクリーニングは何か?

質問が選択されるとテューターとなる当番のレジデントが質問を
受け取り,文献検索をして適当な文献を配布します。テューター
は1週間かけてディスカッションの準備をします。現在のところ
特に系統だった講座やセミナーはないのですが,準備にあたっては
教育指導医長や統計士が個人的にアドバイスをしてくれます。
テキストとしているのは,JAMAに連載されているUser's Guides to
the Medical Literatureです。
カンファレンスではまずテューター役のレジデントが文献の
バックグラウンド,目的,研究デザインを解説した後,3グループに
分かれてそれぞれ研究の正当性,結果評価,実際の患者への適用性に
ついて話し合い,最後にテューターの指揮で各グループが結論を発表
し,全体の意見をまとめます。実際に適用する際には統計学的意義を
臨床的判断と統合することを忘れてはいけません。
 カンファレンスにはチーフレジデントや教育指導医長も参加して
指導してくれます。evidence-based medicineを実践していくには
教える側も率先して最新の医学を維持するよう努力する必要があります。

ジャーナルクラブ

ベスイスラエル病院ではevidence-based medicineを導入してから
あまり時間がたっていませんが,似たような目的でかなり以前から
レジデントによるevidence-based medicine形式のジャーナルクラブ
を開催してきています。
 ジャーナルクラブは主に文献の批評能力を育てるためのものです。
レジデントが毎週1人ずつ自分の興味のある臨床試験や研究文献に
ついて,正当性と結果の批判的解釈のプレゼンテーションをします。
専門医や統計士と相談して準備し,1時間ほど1人でプレゼンテーション
するので,まさにレジデントにとっての檜舞台です。レビュー形式の
ジャーナルクラブも最新情報の入手には役立ちますが,
evidence-based medicine形式のジャーナルクラブは批評能力の習得
にも役立ちます。

統計学・疫学の重要性

日本では検査のオーダーや結果の解釈が合理的でなく,感性に
頼っている傾向があり,感度(sensitivity),特異度(specificity)
などの統計学的特性を日常から念頭に置いている人はほとんどいません。
それはせっかく大学で統計学や疫学を学んでも臨床への応用を教わる
機会がほとんどないためです。
このように検査結果を臨床像に照らし合わせて解釈しなかったり,
検査を乱用したりすると,偽陽性(false positive)が増えて検査
精度が落ちてしまいますし,そもそもそのことに気づいていない人
も多くいます。
アメリカの研修では,検査をオーダーする際には感度・特異度を含めて
理由をよく尋ねられ,検査精度を上げるために検査前に病歴と所見を十分
考慮(=臨床的判断)して検査適応を絞り,検査前確率(pre-test
probability)を高くするようにとうるさく言われます。
例えば病歴と所見の上で凝固異常や基礎疾患のない患者の場合,凝固機能
(PT/aPTT)を「念のために」測定することは正当化されません。また,
方針決定に際して出典文献を求められることも少なくありません。
 
臨床疫学に遅れていると,臨床試験・研究を組んだり正しく結果を分析
したりすることができません。日本の先端技術が世界のトップクラスでは
あっても,例えば早期胃癌検診の有用性などを世界の医学界に説得できない
でいる一因は,ここにあるのでしょう。また危険管理対策の遅れにもつな
がります。
検査や治療方針決定に関するジャーナルや文献報告を読む際にも,統計学・
疫学の知識がないと正しい評価や適用ができないのは言うまでもないで
しょう。メジャーなジャーナルであってもすべての文献が信頼できるとは
限りません。自分でそれを批判的に判断できなければならないのです。

最後に

 このように,アメリカではevidence-based medicineが病棟で身近に
実践されており,その有用性・普遍性が広く認められています。最後に
忘れてはならないのは,evidence-based medicineは単にevidenceを普遍的な
ガイドラインとして金科玉条にすることではなく,医師個人の臨床的アプローチ
とevidence適用の統合によって,患者ごとに最適な治療を実施するのだという
ことです。evidence-based medicineは患者に始まり患者に帰着するのです。

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